夏の雲雀は かろやかに

        *YUN様砂幻様のところで連載されておいでの
         789女子高生設定をお借りしました。
 


       




 触らぬ神に何とやら。

 時々無茶もするけれど、そういう道理があることも、決して知らない彼女らじゃあない。むしろ前世からの蓄積という教えもあってのこと、重々身に染みて判ってもおり。何にも気づいちゃおりませぬと、出来ることなら波風立てぬまま、今日という一日を済ませることだって出来たのだけれど。

  ―― サナエ叔母様と連絡が取れない

 親戚筋の中では年齢が近いこともあり、仲の良い七郎次からの電話には、よほどに手が塞がってでもない限り出て下さるし。出られないなら留守番電話にと切り替えられてあるはずで。それほどに卒のないお人が、

 「そういえば、今日いきなりの運びだったんで気に留めないでいたけれど。」

 そも、こんな仕儀での呼び出しだということ。いやさ、こんな運びになったらしいということを、撮影スタッフ側のお人とも言える叔母様が、事情を知ったそのまま、七郎次にだけは先に一言くらい話しててくれてもいいもんじゃなかろうか。暑い中だけど頑張ってねとか、激励の言葉くらい掛けてくれそうなものだろに。あれほどきっちり段取りが組まれていた仕事なのだから、彼らだとて思い立った今日いきなり手をつけた代物じゃなかろうし。

 「そうよ、今日いきなり手をつけた代物じゃあ……。」
 「シチ。」
 「シチさん、落ち着いて。」

 悪い想像が襲ったか、白い拳を握りしめ、とんでもないことが起きているのではと不安に打ち震えかかる親友を。左右からお友達が引き留めて…抱きとめて。

 「ならば、手を打つまでのこと。」

 それは冴えた紅色も鮮やかに、真摯な眼差しで、大事な友の青い双眸を真っ直ぐ見つめたのが久蔵ならば、

 「ええ。そうそう言いなりになってやしませんてね。」

 そのベビーフェイスに乗っかると微妙に別人に見えるほど、少々物騒な種のにんまりとした笑いようをして見せたのが、平八であり。3人寄っての文殊の推理が、いい感じに煮詰まってのこと、思いついたことが他にもあったらしく。

 「虹宮堂さんの一件で思い出したのですが、
  もしかして例のインペリアルエッグだけは、
  押収されたことも贓物にあったことも公開されてないのでは。」

 それこそがあの騒動の発端でもあったのに。あのタヌキ、もとえ、島田警部補殿がどういう巧妙さでぼかしたものか、国外へ持ち出されていたことからして公表されたら不味かったのでと、あらゆる事情が伏せられまくりになっており。

  もしかして…だからこそ

 この彼らもアレだけは警察にも見いだされていないものと勘違いしており、それでとアレを懸命になって探しているのかも知れず。

 「だとすれば、
  こんな背景が見えなかったなら、うんざりするよな的はずしですが、
  今ならその方が、時間稼ぎになるってわけで。」

 見つからないもの、見つかるまで付き合わされかねなかったんだと、微妙に呆れたのも束の間。ともすりゃ放置されてたのを幸いと相談中だったところへ掛かったのが、

 「次は別館の図書室での撮影になりますよ。」

 そんな呼び出しのお声だったりし。それもまた、学園創立時からあるという小さな洋館で。奥には蔵書を収納する蔵つきの、和洋折衷な外観に特長があるところが、読書好きだったお姉様がたには思い出深い建物であり。そちらの支度が済むまでと、カフェテラスの一角で待機中だったところから立ち上がった三人娘、着替えた制服やちょっとしたポーチなぞを入れて持って来ていたカバンなどという手荷物は、更衣室のロッカーに置いてあるが。これだけは個人情報も入っているしと、ついついハンカチと共に持って出ていた携帯電話。それをパタリと閉じ掛かった隙をつき、

 「なぁに? 叔母様が捕まりませんって?」

 その携帯をささっと横取りした手があったのへ、3人揃って一様に、ドキィッと鼓動が跳ね上がったのも無理はなく。毒々しい真っ赤というエナメルの塗られた爪の先へと、七郎次が行儀のいい白い手をかざし、

 「返して下さい。」
 「何よ、退屈そうにしてたから。」

 だからにしての所業じゃあ何ともおかしな理屈だと、相手の付き人もどきさんへと言うより早くに…ついつい手が出ていた誰か様。

 「な…痛っ。」

 とはいえ、何が起きたか、何が当たったのかも、当の女子大生には見えず判らずだったに違いない。それはそれは素早い、まさに居合い抜きへの瞬発力で。不躾けにも勝手に掠め取ったる七郎次の携帯、非難の声にますますのこと遠ざけようとしかかってたその手の甲へ。長い指を反らし、その爪を外側に向け、一瞬の早業で、ざりっと引っ掻いてやった久蔵であり。落としかかったモバイルは、

 「おっと。」

 そんな手癖の軌跡なぞ、こちらはやすやすと追えていた平八。落下地点も判っていたから、難無く受け止め七郎次へと返す。

 「何すんのよっ。」
 「???」

 単に話の流れから、間違いなく彼女らが何かしたのだと思ったらしいお姉様だが。真っ先に食ってかかった…一番間近にいた金髪の美少女は、土地によっては龍の眸とも呼ばれよう、切れ長の真っ赤な双眸をぎらんと剥いて、真っ向から睨み返して来たもんだから、

 「…っ。」

 逆に凄まれたとでも思ったか、ひいと小さく叫んで遠ざかる。久蔵にしてみれば、その目許を誤魔化しのために何度か瞬かせて見せただけ。それから、やや下から斜め上へと視線を動かしたのも、何のお話?と、彼女なりに素っとぼけて見せただけならしく。

 「…久蔵殿、そんな小芝居をいつ覚えましたか?」
 「???」
 「つか、彼女 絶対誤解しましたね。」

 両側からその細い肩をポンポンと叩かれて、ますますのこと、今度は本気で“何のお話?”と問い返した紅バラさんだったが……それはさておき。

 「文面、読まれちゃあ不味くなかったですか?」

 何せ、今 七郎次が打ったメールは、警視庁にお勤めの勘兵衛殿へと発信したもの。サナエと連絡が取れないと、緊急事態を告げたくてのメール。忙しい最中かもしれないし、一応という策の一端に過ぎなくて、反応が返らなきゃそれはそれと思ってはいたものの。正直言って、今回は特に、公的機関の警察官である彼に一番頼りたい状況下。それでと考えた文面を打ったらしく七郎次であり、

 「大丈夫、あんまり細かいことは書いてない。」

 天気が良いとかアイスが美味しいとか、他愛ないことを打ちもするが。そして、そういうメールには、当然のことながら勘兵衛も返事はいちいちしてくれないが。
「これなら動いてくれないかなって。」
 そう言って二人へだけと画面を開いて見せたそこには、

 【 サナエ叔母様が捕まりません。ストックホルムじゃないらしいです。】

 そんな一文が連ねられてあり。あ…っと、その表情を弾かれた平八や久蔵だったのは、前世でも同じ名前の女性が彼らの間近にいたこと、その彼女が陥ってた状況と上手に関係がある書きようであったからに他ならず。選りにも選って、攫われた先で…そんな蛮行なした敵の総大将に真心添わせてしまった女性が同じく“サナエ”といい、彼女が陥ったそんな心理状態、今の世では“ストックホルム症候群”というのだと、解析もされているがため、

 「これなら、まま何かあったなとくらいは気づいてくれますって。」
 「………。(頷、頷)」
 「何ですよ、その中途半端な励ましは。」

 だって勘兵衛殿、今世は特に鈍くなってるような傾向が。うう、ひっど〜〜いっ。………。あ、久蔵殿まで“是”って何ですよぉ。さっきの女性も、これじゃあ何のことだか判らなかったでしょうから、美容院か喫茶店の名前かなって解釈されてるトコでしょうし。

 「もうもうヘイさんたら〜。/////////」

 冷やかされてのこと、頬を真っ赤に染めた金髪の白百合さんを挟み、あっはっはと朗らかに笑いさざめく白い衣装のお姫様たちに。気楽なもんだなぁとでも感じたか、スタッフの男衆たちが、それに引き換え自分たちがまとう緊張感の重さはどうよと、こっそり溜息ついたほどだった。





        ◇◇



 「……………まさ、佐伯。ちょっと外すぞ。」
 「かん、警部補どちらへ。」

 咄嗟なことだったので、お互いに名前のほうで呼びかかり。そこまでお揃いなことをしでかしたのを、ますますのこと一部の腐女子、もとえ婦警に誤解されたのは後日の話で。夏生地のジャケットの懐ろ、マナーモードにしていた携帯の唸りに気づき、それをいかにも重要な呼び出しがかかったと見せかけつつ席から立ち上がった上司を追って。とある窃盗集団逮捕の顛末、合同捜査と運んだ隣りの部署との手柄の取り合いの場と成り果てていた会議から、難無く抜け出せた 佐伯征樹巡査部長が見やった先では。廊下の一角にて見慣れた深色の蓬髪が、微妙に項垂れて見えたものだから。

 「………どうかしましたか、勘兵衛様。」

 携帯にメールがあってのこの反応。まさかに、時々応援にゆく公安の方からまたぞろややこしい依頼をされた…とかいう職務関係の話を、自前の携帯へは知らせて来ないだろうし。となれば、プライベートな範疇で、しかもこの、途轍もなく錯綜しまくりで、底が深すぎてその人性がどうにも掴みがたい男に、こうまで判りやすい反応をさせる相手は一人しかいない。

 「七郎次に、何か?」
 「うむ。何がどうしてそうなるのかを、話せば長くなるのだが。」

 この文面だということは、七郎次の叔母上が、もしかして危険な身になっておいでかも知れぬということになるのでな、と。

 「???」

 前世の記憶はあっても神無村関わりではない征樹殿にはやっぱり要領を得ない、そんな言いようをだけ言い残し。じゃあなと短い会釈と同時、堅い靴音刻みながら、歩き始めた壮年警部補を。ワンテンポ遅れつつ、フォローを兼ねて追うことにした腹心殿で。

  ストックホルムって、
  あの“ストックホルム症候群”のことでしょうか

  おお、知っておったか

  警察関係者なら、多少は心得がありますって。

  サナエという婦人はな、
  儂と七郎次があの大戦の後に逢いまみえた、別な戦さのかかりゅうどでな…。

 空調の効いた警視庁の殺風景な廊下へも、窓越し、蝉の合唱は届いており。静かが過ぎる館内に、その声は随分と空虚に響いているばかり……。





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